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1990年のゲームマニアたち② | '90年4月13日号・中編






[※前回の続きです]



前述の高橋君は24歳。現在何社かの大手出版社で、ゲーム情報ページの原稿を書いたり、攻略本の編集をしたりという仕事を続けている。また、その仕事と並行して、3年ほど前から仲間とともにパソコンで自主制作の同人ゲームソフトを作っている。

「だいたい4人くらいで作っています。初めて作ったのは推理物のアドベンチャーゲームで、今ではアクションゲームなんかが多いですね」

彼らが作っているのはPC8800シリーズ用のゲームだ。1500本ほどコピーして生産し、コミックマーケットなどの同人誌即売会で売るのだという。値段は1本100円。100円じゃ儲からないだろう、と聞くと、

「設けようとは全然思っていないんです。ぼく以外のスタッフは、もともとゲームメーカーの開発を仕事にしていたりするプロなんで、同人ソフトはまったくの趣味。仕事ではできないようなことを、趣味のソフト作りでやっているような感じですね」

という答えが返ってきた。しかしコミックマーケットも、最近は多くの同人ソフトが進出しつつある。そのほとんどは、女の子の裸を売り物にしたアドベンチャーか、場合によっては単にヌードのグラフィックだけ、というソフトも多い。高橋君のような硬派のゲームマニアグループは少ない。

「そういうのをやれば売れると思うけど、商売にする気はもともとないですから。売れ残ったらそのフロッピーに新しいゲームを入れるだけですよ」

高橋君が今のようにゲーム周辺で仕事をするようになったいきさつを聞いていくと、かつてのゲーム同人誌、『ゲームフリーク』に行き当たった。



『ゲームフリーク』の各号。手書きオフセットだが、作りはしっかりとしており完成度の高さがうかがえる。


『ゲームフリーク』は田尻智と、TACO.Xこと二木康夫が中心となって創刊した、日本でももっとも古く、かつ有名なゲーム同人誌のひとつだ。現在は活動を休止し、田尻智はゲームデザイナーに、二木康夫は本誌の編集者として活躍している。だが、『ゲームフリーク』よりもさらに早くゲーム同人誌を造り、ゲーム業界を明確に目指していた者がいた。それは怪獣ひでごんすこと柴田英春である。

「『ゲームフリーク』は攻略専門の正統派ゲーム同人誌だと思うんです。ぼくのつくってた『ビタミンAM』は、ゲームの批評というか、このゲームはどうすればもっと人気が出るか、みたいにずいぶんメーカーの立場にたった同人誌だったと思います。もともと一般の人に読ませる気はなくて、いろんなゲームメーカーに送ってたんですよ。やっぱりゲームメーカーに入りたかったんで、その一手段みたいなところはありました」



『ビタミンAM』と、ゲームメーカーからもらったという販促品の数々。


柴田英春はその後、あるゲーム雑誌でやはり田尻智を知った。柴田の『ビタミンAM』がその雑誌で大きく取り上げられたとき、田尻智もまた、ゲーム好きの少年として同じ誌上の違うコーナーを飾っていたのだ。このころ、『ゲームフリーク』はまだ創刊されていなかった。

柴田はそれから、ゲームメーカーの大手T社に入社し、やがて退職し本誌の編集者となった。柴田は言う。

「結局、ゲームを作るというより遊ぶ方が好きだったんですね。そのかわり、あらゆるゲームをプレーしたい、ゲームマニアとして頂点を極めたいというところがあった。それでメーカーには向かなかったのかもしれない」


[※次のエントリーに続きます]

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