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水野店長『ドラクエ』リメイクにもの申す | '94年6月10日号・前編







■エクスプレス


縦型にビックリ これが "FX" だ!!

PCエンジンDuoがさらにお安く 新型機 "Duo-RX" 29800円で登場

セガサターンとスーパー32Xのソフトだ!




■ソフトウェアインプレッション


ドラゴンクエストI・II

これからのゲームに何を求めることができるのか 『ドラクエI・II』について知りたいいくつかのこと

じつは本当のことを言ってしまえば『ドラクエI・II』に関してはほとんどここで述べておきたいことはないのだ。オリジナル版が発売された当時にすでに言いたいことは言ってしまったし、それに細部では少々手直しが入ったとはいっても、基本的には同じストーリーの同じ話であるから、新作の新しい操作感についていくら述べたとしても、それはスーパーファミコンとオリジナル・ファミコンの違いをうんぬんするだけに留まってしまうからなのだ。
しかし、あえてこのソフトウェアインプレッションの貴重な1ページを割いてこうして書いているのにはわけがある。
それは、今回スーパーファミコン版の『ドラクエI・II』をプレーして感じた、リメイク版を作る意義っていったい何なんだろうってことだ。メーカー側からすれば、かつての『ドラクエI』『II』を遊んだことのない人にスーパーファミコンというすばらしい環境でもう一度あの名作の感動を味わってほしい、ってのがいちばんの理由なのだろう。それはそれで十分に理解できるものだ。しかしよく考えてみると、なぜファミコン版じゃダメなわけ? みんなファミコン版で遊んでリッパに熱中してきたわけじゃない。パッケージだけ変えてもう一度発売しなおせばいいじゃん、とか思ってしまうのも、うなずけるひとつの人情というものではないだろうか。そのあたりが私には不思議でならなかった。そしてあれやこれや考えてみた結果、やっぱりエンターテイメントというものは技術に寄りかかる部分がとても大きいからなんだろうなあってところに行き着いた。
例をあげて言えば、たとえば去年大ヒットを記録した『ジュラシック・パーク』のおもしろさは、いまのCGテクニックがなかったら絶対に実現しえなかったものだろうし、いまはなき大映が製作した『ガメラ』や松竹の『大巨獣ガッパ』の映像に失笑してしまうのは、当時の稚拙な技術が、現実にセンス・オブ・ワンダーを感じさせる表現として、どうにも堪えられないからなんだろうね。だから、新しいテクノロジーがエンターテイメントを引っ張っていくというのは、これは大いにありうることなのだ(もっとも私はある種のノスタルジーとして、これらの旧怪獣映画が大好きではありますけど)。
だからして、CGをばんばん使ったカッコいい『ガメラ』や『ガッパ』のリメイクは十分に考えられるわけだし、『ジュラシック・パーク』だって、ある意味では20年後30年後に陳腐な恐竜映画に成り下がってしまう可能性もないわけではないのだ。
しかしである、ここにココロザシとか物の見方みたいなものが加わってくると話が変わってくる。つまりこれはどういうことかというと、小津安二郎の『東京物語』をリメイクしようと考える者がいないように、またリメイクする必要が「歴然と」ないように、『東京物語』はそれだけで完成された作品になってしまっている。つまり世の中には、作り直しの必要がない、作り直すことを拒否できる作品があるということなのだ。
『ドラクエI』『II』のリメイク版が現実として登場してしまった現在、この論をそのまま当てはめて、安直に『ドラクエI』『II』が取るに足らない作品であると言ってしまうつもりは毛頭ない。でも、これらのゲームがエポックをメイキング(つまり日本のゲームシーンにロールプレイング・ブームを巻き起こし、それを定着させた)という意味以上に、『ドラクエ』シリーズがリメイクしえない作品としてほしかったという気持ちが私には相当ある。
確かに、ゲームにそこまでのことを望む必要はないんじゃない? とおっしゃる人もいるだろう。しかし、そこまでゲームというものを貶めて考える権利だって、われわれにはないはずなのだ。
近年『いただきストリート2』に見るように、コンピューター・ゲームを知悉した人間だけが作れる傑作をまたもや、ものしてしまった堀井雄二は、だれがなんといおうと天才である。私はこれからも堀井雄二の追っかけを続けるであろうし、彼の発言に注意を払い続けるに決まっているのだ。しかし、あえて言わせてもらうなら、テクノロジーに流されない何か、堀井雄二がいま何を思い、どう生きていこうとしているのか、私はそれこそが知りたいと思っている。彼のゲームに対する理解も情熱もいやというほどわかっているのだし。
(水野震治)


[※あの『もう一度逢いたい』の水野店長が、古ゲーリメイクに対して、遠くハワイから異を唱えている、ということで、当時印象的だった記事。今読んでみると、何を言ってんだろうこの人は、と感じてしまうけど。
創刊当時の名物編集者たちの多くは、この頃にはだいぶ影の薄い存在となっていた]





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ぽっぷるメイル

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